ご挨拶に代えて ~今、大きくシフトしつつある世界の意識~
私自身は特に特定の宗教を信仰しているわけではありませんが、それぞれの宗教が教えることの共通性にいつも感心を覚えています。最近アメリカの書店で手にした「バガヴァッド・ギーター」には、とても普遍的な真理が語られていると感じました。また、私達アムリタメディアが目指すところも、まさにこれであると思えるものでした。以下に、その一部をご紹介したいと思います。
インドに古くより伝わる詩篇「バガヴァッド・ギーター」には、人間にはタマス・ラジャス・サットバという3つの性質が備わっていると書かれています。また、同じ事をするのでも、その3つのうちどの性質でもってその行いをするかによって、全く違うものになる事が示されています。

「何の見返りも求めず、ただ信仰のためだけに信仰する事、このような信仰はサットバである。
周りからの尊敬や評価を得たいという欲望から信仰する事、このような信仰はラジャスである。
何の信念も無く、何も差し出そうとせず、何の形式にものっとっていないもの、このような信仰はタマスである」
「なんの見返りも求めず、価値ある相手に対して施された奉仕のための奉仕、そのような奉仕はサットバである。
心を半分込め、何らかの見返りや自らの霊性の向上を求めて行う奉仕はラジャスである。
価値の無い者に対して、間違った時に間違った場所で、嫌々ながら、敬う気持ちなく行う奉仕、
そのような奉仕はタマスである」

「妄想に駆られた思考によって義務を放棄すること、それはタマスである。
しんどく、辛いからという理由で行いを放棄する事、それはラジャスであり、自由が得られることはない。
全ての義務を行い、その結果を放棄する事、これはサットバである」
「全ての中に同じ神性を見、バラバラなものの中につながりを見る知識、その知識はサットバである。
それぞれの存在が多様であり、それぞれ独自で存在し、それぞれが孤立している、と見る知識、
その知識はラジャスである。
ほんの一部のものに、それがあたかも全てであるかのごとくしがみつき、
そこにある真の原因や物事の本質などに何の関心も示さない知識、そのような知識はタマスである」

「嫌がることも無く、過剰に望む事もなく、結果に執着せずに義務を行う事。そのような行いはサットバである。
自分の欲望を満たしたいという思い、”これをやっているのはこの私”という意識、
そして過剰な努力でもって何かを行う事。そのような行いはラジャスである。
妄想によって生まれ、それが人を傷つけようと構わないという思いでもって何かを行う事、
そのような行いはタマスである」
「全ての執着も、”私”という意識も無く、勇敢で、不動であり、成功にも失敗にも心が乱れない行為者。
そのような行為者はサットバである。
衝動的で、結果を求め、欲望に満ち、暴力的で、不純であり、喜びや悲しみに絶えず揺れ動いている行為者、
そのような行為者はラジャスである。
やりたい放題で、愚かで、頑固で、意地悪く、嘘つきで、怠け者で、しょっちゅう気分が滅入る行為者。
そのような行為者はタマスである」

「やるべき事とやってはいけない事、安全と危険、束縛と自由を理解している事、この理解はサットバである。
間違いと正しさの区別がつかず、動くべき時と動かざるべき時の区別がつかず、
やるべき事とやってはいけない事の区別がつかない事、これはラジャスである。
厚い闇の層に覆われ、間違っている事を正しい事と想像し、すべてを逆さまに見ること、これはタマスである」
「最初は毒のようで、最後に甘露のようになるもの。澄み切った心から生まれる幸せ、
そのような幸せはサットバである。
最初は甘露のようで、最後に毒のようになるもの。何か外のものを手に入れることによって得られる感覚的な幸せ、
そのような幸せはラジャスである。
最初から最後まで妄想的であり、眠り、怠惰、鈍感さの中にある幸せ、そのような幸せはタマスである。」

さらにバガヴァッド・ギーターでは、「神性と魔性」についても詳しく述べられています。
「恐れの無い心、純粋さ、忍耐強く真理を学ぶ心、寛大さ、自律、非暴力、穏やかさ、公平さ、誠実さ、解放、全ての生き物に対する思いやり、謙遜、忍耐、そして静かなマインド。品性、親切、勇気、慈悲深く愛情に満ちた心
―これらが神性を持って生まれし人の特徴である。
偽善、横柄、怒り、残酷さ、嘘つき-これらは魔性を持って生まれし人の特徴である。
魔性の人はすべき事とせざるべき事の区別がつかない。心に純粋さはなく、美徳も無く、真実もない。
それらの人々は、命とは性的欲望によってたまたま生まれるものであると言う。
宇宙には何の秩序もなく、真実も無く、神も存在しないと言う。
絶える事の無い肉欲に駆られ、力の傲慢さに酔いしれ、偽善的で、妄想的で、自己を知る事はない。
常に計り知れない不安に苦しめられ、その苦しみは死ぬまで止む事はない。
欲望を満たす事だけがこの人生の目的であると固く信じている。
何百もの願望の足かせに縛られ、欲望の奴隷となり、富を山のように積み上げることに明け暮れる。
それらの無知な人々はこのように考える。
”今日はこの欲望を満たした。明日はあの欲望を満たそう。これらの豊かさは全て私のもの。
そしてこの富はこれからも増え続けるのだ。
これらの敵を私は打ち負かした。残りの敵も全て打ち負かす。私は王だ。全てを享受するものだ。
私は成功者であり、幸せであり、そして強い。高貴であり、金持ちであり、地位も名誉もある。
誰が私に適うことなどできようか。私は神を崇め、皆に施しをし、そして歓喜するのだ”

止む事の無い思考に惑わされ、妄想の網にからまり、欲望の中毒となり、最も悪しき地獄へと身を投じる。
自己中心的で、頑固で、富が生み出す横柄さに満ちている。
うわべは神を崇めているが、心はどこか他の場所にあるのだ。
”私”という意識にしがみつき、力にしがみつき、傲慢さに、肉欲に、そして怒りにしがみついている。
神を嫌い、自分の中にある神の存在を見ず、他の人々の中にある神の存在も見ないのだ。」

今、世界はこれまでに無いほど問題に、事件に、戦争に、天災に満ちています。
永遠に続くと思われたシステムや国家は崩壊し、地球温暖化、資源問題などの環境問題もまた修復が不可能な地点に到達しようとしています。
それらは全て、私達がこれまでタマスとラジャスを中心に生きてきた結果です。
神性を生きるよりも、魔性を生きてきた結果です。
私達の思いや行いが、全て違う形となって私達の前に返ってきているのです。
その中で、人の意識への関心、より良く生きることへの関心、私達の存在の本質への関心が、今までに無く高まってきています。
今、世界が大きく変わる時が訪れているのです。
タマスやラジャスに翻弄されて生きることから、サットバを中心に生きることへ。
魔性に駆られて生きることから、神性を見出し、自己の本質の顕現へ。
世界レベル、地球レベルでの、大きな意識の変化が訪れようとしています。
このような世界レベルの意識の変化を促す一部となること。
私達が自らの中に神性を見出すことができるための知恵を伝える事。
私達の心が開き、自らの存在の本質に気づくことができる様々なツールを提供する事。
それが私達、株式会社アムリタメディアの使命です。
2008年4月24日 株式会社アムリタメディア代表取締役 岩田 夕紀
岩田 夕紀 略歴
1974年生 滋賀県出身
1997 慶應義塾大学 環境情報学部卒業
大学卒業後、イベントプロデュース業を行う傍ら、企業向けのウェブマーケティング/ウェブ用動画コンテンツ制作業務をフリーランスで開始
制作実績一例:ロテル・ド・比叡(京阪系列ホテル)
京都アクアリーナ(京都市スポーツ施設)
株式会社 DAC(建築会社:京都)
株式会社 クリアテック(空気清浄機メーカー:大阪)
株式会社 藏尾ポーク(近江ブランド豚 製造・販売:滋賀)
浄土真宗 真国寺(寺:富山)
2000年 映像プロデュース業務を開始。それぞれのテーマに応じてメッセージ・音楽・イメージを組み合わせ,企画・制作する。セミナーやパーティーイベント、コンベンションなどのオープニング映像、およびプロモーションなどに幅広く利用され、企業や個人から受注する
制作実績一例:株式会社千房 出版記念パーティーオープニング映像
株式会社ナチュラリープラス NPサミット全国コンベンションオープニング映像
株式会社クロフネ 中村文昭氏 講演会 オープニング映像
富士山夢文字プロジェクト プロモーション映像
命恵星 渡辺樹萠氏 講演会 オープニング映像
京都府亀岡市 プロモーションビデオ
株式会社千房 中井政嗣氏 講演会オープニング映像
2008年当社設立、代表取締役就任 |
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